江戸時代)
秋月氏 269年間櫛間を統治


  16世紀秋月家を再興した秋月種実は、豊臣秀吉に抗戦し筑前秋月城を追われ
櫛間に移封される。
櫛間に入ると金谷城(現 串間市南方、望洋の郷)を修築し余生を送った。
その後、秋月は
1587年 秋月種長日向財部櫛間に国替え。1599年 居城を櫛間から財部(現高鍋)に移す。
1614年 秋月種春・家督
1659年 秋月種信・家督
1689年 秋月種政・家督
1710年 秋月種弘・家督
1734年 秋月種美・家督
1760年 秋月種茂・家督
1788年 秋月種徳・家督
1808年 秋月種任・家督
1867年 秋月種殷・家督
1867年 秋月種樹・若年寄~12月辞任
と継承し、269年間秋月藩が櫛間(串間)を統治した。


 
西林院・秋月種実の墓          串間市西方上ノ城                       
秋月種実が福島の地に骨を埋めたいと自ら「真照山西林院」を建立する。
秋月種実は1596年9月26日52歳で逝去。
西林院の一隅に3基の墓がある。
向かって右から秋月種実、中央が種実の五男秋月種守、左は種実の室、田原氏(青松院)である。

秋月氏の居城
福島金谷城跡
 福島金谷城跡   串間市南方


金谷城跡は、
天正15年(1587年)筑前・筑後・豊前の大名で36万石を領していた秋月種実・種長公が豊臣秀吉の九州統一後、日向の高鍋串間に移封となり種実が築城した。
現在、この城址は「特別養護老人ホーム・望洋の郷」となっており山頂が本丸跡、施設のある所が二の丸となっています。
                

高鍋藩秋月家が放牧
都井岬の御崎馬


    

      御崎牧・野生馬  
                        串間市都井

宮崎県の南端に位置する串間市都井岬に約100頭が、この恵まれた地域に自然な状態で生息している野生馬は、元禄10年(1697年)櫛間を統治していた高鍋藩秋月家が軍馬として御崎牧に放牧したのが始まりで、自然繁殖して現在に至っています。

この野生馬は、日本天然記念物に指定されており、御崎馬の生態を(株)日本ビジュアルコミュニケーションセンターが科学映画として企画・製作、2001年、自然科学シリーズ映画として文科省選定映画に入選「科学映像館」から科学映画「都井岬の野生馬」出版放映されました。